今年の1月、
僕は自宅で倒れました。
朝5時台。
救急車で運ばれ、
その時は正直、
「このまま人生が終わるのかもしれない」
と思いました。
でも検査の結果、
脳や心臓、血管には特に異常はありませんでした。
1日入院して、
翌日には退院。
けれど、
そこからが本当の意味で苦しかった。
身体がずっと重い。
心も重い。
寝ても回復しない。
何かが、
ずっと身体の奥に溜まり続けていたような、
そんな感覚でした。
そんな時に出会ったのが、
コーチングでした。
と言っても、
「コーチングのおかげで治った」
という単純な話ではありません。
ただ、
自分と向き合う時間が増えたんです。
その中で、
ある時ふと、
「あ、自分が倒れた理由ってこれかもしれない」
そう思える瞬間がありました。
不思議なんですが、
その瞬間から、
身体と心の重さがスッと抜けたんです。
僕は今年38歳になります。
妻と子どもがいます。
そんな状況で、
なぜ1人でチェンマイに来たのか。
正直、
来る必要はないかもしれないとも思っていました。
でも、
「休ませてほしい」
と妻に伝え、
1ヶ月だけ、
自分のための時間をもらいました。
そしてチェンマイに来て感じたのは、
「新しい何かを見つけた」
というより、
「やっぱり自分はこれでよかったんだ」
という感覚でした。
日本で感じ始めていた違和感。
本当はこう生きたい、
こう在りたい。
でも、
どこかでずっと蓋をしていた感覚。
それを、
チェンマイという場所で、
ようやく自分自身に肯定してあげられた気がしています。
僕は、
息子の幼稚園の行事でよく泣きます。
息子の成長だけじゃなく、
子どもたちの姿を見ていると、
なぜか心が動くんです。
足が遅い子がいても、
みんな待っている。
うまくできない子がいても、
誰も責めない。
そこには、
「比較」がない。
幼稚園って、
本来人間が持っていた優しさや、
自然な在り方が、
まだ残っている場所なんじゃないかと思うんです。
でも、
大人になるにつれて、
人は比較の世界に入っていく。
僕自身も、
ずっとそうでした。
そして気づけば、
30年間、
自分の感情に蓋をして生きていました。
本当は嫌だったこと。
本当はやりたかったこと。
それを、
「こうあるべき」
で押さえ込み続けていた。
でも、
その蓋を少しずつ外していった時、
自分の人生が、
少しずつ軽くなっていきました。
今の僕は、
多分人生で一番、
自分に納得して生きています。
もちろん、
完璧になったわけじゃありません。
でも、
「自分の心に嘘をつかない」
それだけは、
ようやくできるようになってきた気がしています。
僕は最近、
「心の温度」
という言葉をよく使っています。
心の温度が下がる時って、
本音を押し込めている時なんじゃないか。
逆に、
自分に正直でいられる時、
少しずつ温度は戻ってくる。
そんな気がしています。
最近なんかズレてる気がする人へ。
必要なタイミングで、
また覗いてみてください。
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