おはようございます!合同会社sInの長嶋です。
明けましておめでとうございます。と書いた方が良いかもしれませんし、
この後、家族で初詣に行き、お会いした人には、そう言います。
でも?と言うか、しっかり目の合理主義の僕は、そもそも、特別な日という概念が、ほぼありません。
何故なら、○○記念日とか、誕生日とか、ありますが、
一生に一度しかない日は、毎日がそうだからです。
なので、年に数日にフォーカスするのではなくて、日々、真剣に生きる方が
よっぽど重要だと考えているからです。
流石に、4歳の息子に、それを適用してしまうと、可哀想過ぎるので、
誕生日もやりますし、クリスマスもやりますよ(笑)
ですが、昨日まで何もしていなかった人が、新年になって、突然出来るようになる事は、
あり得ないですよね。
やっぱり、昨日までに積み上げたモノが今日を作るので、そういう意味において、
昨日も何事もなく4:45起床ですし、今朝も4:45に起床しています。
なので、今日もいつもの挨拶から始めているという訳です。
新年早々なんやねん。
って感じですが、相も変わらず、今年も、こういったスタンスで行きたいと思います。
多分、このブログを読んで頂いている方は、迎合している長嶋なんて見たくないでしょうからね(笑)
さてさて、この、明けましておめでとうについて、ちょっと触れてみます。
「明けましておめでとう」の意味
分解すると、こうなります。
- 明けまして
旧年が「明けて」、新しい年に入ったこと - おめでとう
本来は「喜ばしい」「祝うべきこと」という意味
つまり直訳的には
「新しい年を迎えられたことは喜ばしいですね」
という挨拶です。
ここでのポイントは、
「何か成果が出たから祝う」のではなく、
“年が始まった”という状態そのものを祝っている
という点です。
これは「予祝」なのか?
結論から言うと、
思想的には「予祝」にかなり近いと言えます。
予祝とは
- 未来の成功・豊穣・幸福を先に祝うことで現実を引き寄せる考え方
古くは、
- 田植え前に豊作を祝う祭り
- 正月にその年の実りを寿ぐ風習
など、日本の年中行事に深く根付いています。
正月挨拶との共通点
「明けましておめでとう」は、
- 今年が良い年になる
- 無事に過ごせる
- 実りがある
…という前提を“先に置いて”言葉にしている。
つまり
「まだ何も起きていないけれど、すでに祝ってしまう」
これはまさに
実務的な呪い(良い意味で)
=行動を前向きにする言語設計です。
ビジネス視点で見ると
予祝的な挨拶には、こんな効能があります。
- 年初の前提条件をポジティブに固定する
- 不確実な未来を「可能性のあるもの」として扱う
- 行動の初速が上がる
コンサルの現場で言えば、
- ゴールを先に定義する
- 成功した状態から逆算する
それと構造は同じです。
まとめ
- 「明けましておめでとう」は
新年そのものを祝う言葉 - 成果ではなく、
これから起こる“良い未来”を前提にした挨拶 - 思想的には、
日本的な予祝文化の名残
日本って、今でこそイメージが湧きにくいかもしれませんが、
農業がベースにある国ですよ。
① 歴史的には「農業立国」
縄文 → 弥生の転換点
- 縄文:狩猟採集中心
- 弥生(紀元前3世紀頃〜):
水稲農耕の定着
ここで日本社会のOSが切り替わりました。
- 定住
- 共同体
- 暦
- 役割分担
- 祭祀と政治の分化
すべて稲作を安定させるために発達しています。
② 国家運営=農業運営だった
律令国家の根幹
- 租・庸・調
→ 基本は稲(米) - 土地制度(班田収授)
- 戸籍・暦
これらはすべて
「どれだけ米が取れるか」を把握するための仕組み。
政治とは、農業のマネジメントそのものでした。
③ 武士社会も「農業前提」
意外に思われがちですが、
- 武士の権力の源泉=石高
- 戦国大名の改革=
- 検地
- 用水整備
- 新田開発
戦に強いかどうかより、安定して米を生み出せるかが国力でした。
④ 文化・価値観への影響
農業は、日本人の思考様式にも深く影響しています。
- 協調性(用水・田植え)
- 季節感・暦意識
- 予祝・祭り
- 「足し算型」の改善
- 継続・忍耐・段取り
これらは、短期勝負の狩猟文化では生まれにくい価値観です。
⑤ 近代以降も「農業OS」は残った
明治以降、工業化が進んでも、
- 地租改正
- 農村からの労働力供給
- 企業文化(年功・終身・改善)
根底には
農業的な時間軸と集団運営
が生き続けています。
結論(ひと言で言うと)
日本は
農業で経済成長した国であると同時に、
それ以上に
農業によって「社会の設計思想」を作った国
です。
だからこそ、
- 正月の予祝
- 段取り重視
- 共同体意識
が、今も無意識レベルで残っている。
祭り、新年の挨拶、そういったイベントだけと言いますか、ハードの部分だけが残っていて、
何故行うのか、そういったソフトの部分が抜け落ちている気がします。
そういう点において、日本に興味がある外国人の方が、我々よりも遥かに詳しかったりしますし、
日本愛が非常に強い外国人も多くいらっしゃいますね。
成果がどうなるか分からない、不安定な農業がベースにあるからこそ、
きっと侍魂も生まれたんでしょうし、こんな小さな島国が戦争で恐れられたのかもしれません。
※戦争は良い例ではありません。
でも、そういったスピリットは受け継ぎたいなと思います。
だから、折角いうのであれば、ただ、型にハマった明けましておめでとう、を言うのではなく、
予祝の精神に則った明けましておめでとう、にしませんか。
でも、これって、何となく上手くいく”おまじない”的なモノではないですよ。
豊作を祝って先に花見とかでお酒を飲みます。
そのお酒は、祝い酒です。
祝い酒を飲みながら、皆で、強烈に上手くいくイメージを共有する訳です。
ただ、酒を飲んでいる訳ではありません。
そのイメージがあるから、普段の動き方は変わってきます。
上手くいく事が当たり前の状態で動くので、精度も、きっと高まります。
その積み重ねが、豊作に繋がるんですね。
そして、その風習が続いている事が、何よりも物語っていますね。
意味が無いモノなら、廃れて無くなっている筈ですから。
もう、ここまで書けばお分かりですよね?
そうです。
皆さん大好き?、脳科学の領域の話です。
イメージで成功している訳なので、気持ちの部分でも上手くいくと思えるし、
イメージと気持ちが前向きなら、生理機能(身体)は最大効力を発揮できる状態になります。
しかも、それを個人ではなく、チームで行う訳ですから、そりゃ上手くいきますよ。
もし、この後、初詣に行くなら、今晩、お酒を飲むなら、明日以降に初詣に行くなら、
そういう意味合いを意識して、やってみませんか?
今日はこの辺りで。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
合同会社sIn(シン) 長嶋泰人
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