おはようございます!合同会社sInの長嶋です。
続きを書きます。21,22を読まれてから、お読みください。
まぁ、その夜は眠れなかったですよ。
正確には、眠りたくなかったのかもしれません。
勿論、受け入れたくもなかったですし。
だって、眠って明日が来たら、息をしていない先輩を見なければいけないし、
先輩のご両親に、先輩が亡くなったのは自分のせいです、って謝らないといけない。
こんなに辛い夜は、今まで経験したことがありません。
朝起きて、食事もまともに喉を通らず、こんなに目的地に車を走らすのが嫌だ、
と感じたのも、はじめての経験でした。
でも、現実から、自分のしなきゃいけない事から、逃げてはいけません。
大切な人だった、かけがえのない時間を過ごさせてもらった、
だからこそ、逃げてはいけない。
でも、目的地に着く為には、先輩が登ったであろう連峰を通過しないと辿り着きません。
どうして先輩の命を奪ったんですか? なんで、なんですか?
車の中で、嗚咽が止まらなくなりながら、何とか目的地に辿り着きました。
その時、ふと昨日の事を思い出します。
先輩が倒れた、丁度そのくらいの時間帯に、新東名高速道路で豊田市に向かっていました。
向かう途中、視界の左側をドクターヘリが飛んでいく姿を捉えていました。
病院に付いた時には、まだ心臓が動いていたそうなんです。
最期に、僕に挨拶までして、逝ってくれたのか。
自分が危篤状態にあるのに、どこまで後輩想いな先輩なんでしょう。
会場に入り、全国から駆け付けた同期や先輩と軽く挨拶しながら、
その時は来ます。
多分、顔が似ているから、あの二人がご両親だろう。
とても急だった事もあり、小さな会場でしたが、
小走りで駆け寄り、大きな声で、
”すみません、先輩が亡くなったの、僕のせいなんです。”
”先輩に登山を教えたのは、僕なんです。”
”謝っても謝り切れないのは、分かっています。”
”僕は、とんでもない事をしてしまいました。”
”本当に申し訳ありません。”
言い終わったか、どうかくらいのタイミングで、
”そんな事ない、そんな事ないのよ。”
と言いながら、泣きながら、お母さんが抱きしめてくれました。
”あなたが長嶋くんね?真からよく聞いてるわ。”
”寧ろ、辛い想いをさせちゃってごめんね。あなたのせいなんかじゃないのよ。”
”真はね、人一倍責任感が強い子だったから、私達家族にも、弱音一つ吐いた事がないの。”
”弁護士なんてどう?って話をしたのも私なの・・・”
”多分、弁護士として苦しんでたあの頃、やっぱり弱音は吐かないから、
どうやって声を掛けたら良いか、私達も分からなかったの。”
”でも、ある時を境に、温泉の写真とかサウナの写真が送られてくるようになったの。”
”最近は、山の写真が送られて来るようになってね、元気になってきたのも分かったわ。”
”真の事、救ってくれたの、長嶋くんなのよ。だから、今日は、お礼を言わなくちゃ・・・”
”真が、多分、世の中で唯一、弱音を吐ける人がね、長嶋くんだったのよ。”
”それなのに、逆に、こんなに辛い想いをさせちゃって、ごめんね。”
”真も、ずっと苦しんでたの。最期が、天気のいい日で、大好きな山登りで、
健やかな気持ちの時に逝けて・・・”
お母さんは、その場で、泣き崩れてしまいました。
僕も一緒になって、ワンワン泣きました。
今も、年に一度はご両親に会いに行く関係が続いています。
昨年は、最期の山に一緒に登山に行き、お供えをしてきました。
その1年間は、何をやっても、心から笑えた事は1回もなかったんじゃないかってくらい、
空っぽでした。
でも、それは先輩が望んでいる事じゃないし、多分、怒られるな、と。
漸く、その登山の日から、自分の中での、捉え方?が変わった気がしました。
そうです。
sInの由来は、真(まこと)先輩の漢字の音を頂きました。
いつか僕に言ってくれていた事があるんです。
”ナガシムは、会社で働くよりも、俺達士業みたいな独立した仕事が向いてるかもな。”
前述しましたが、本当に人を見る目がある人だったんです。
僕が、独立出来るように、背中を押してくれたのか、自分の命を引替に。
出来る・出来ないとかじゃない、絶対に独立する。
そして、社名の音まで頂いて、今の僕があります。
でも、これだけじゃないんです。
あの先輩ですら、仕事が辛かった、側面があったという事です。
良い事も悪い事もあるのは、勿論、仕事だけの話ではありません。
でも、研究室の同期も、先輩も、何か、目に見えない外力の力を受けていた訳です。
大手予備校で塾長をやっていた頃、
”先生、私は、なんの為に、勉強しなきゃいけないんですか?”
と、おもむろに聞かれる事がありました。
当時の僕は、
”それは、君の可能性を拡げる為だ。”
”将来、もし幸運にも、自分のやりたい事に出会えた時に、
それがやれない自分じゃ勿体なくないか?あの時やっておけば、にはさせたくない。”
程度の事しか答えられませんでした。
あなたは、自分の、なんの為に、の問いに答えられますか?
なんのために、生きていますか?
なんのために、働いていますか?
なんのために、日本に住んでいるのですか?
なんのために、今、スマホを見ていますか?
挙げ出したら、切りがないですよ。
でも、便利過ぎる今の日本において、今必要なのは、
自分の、なんのために、向き合う事。
だと思っています。
そんなに苦労しなくても、着るモノ、ありますよね?
そんなに苦労しなくても、食べるモノ、ありますよね?
そんなに苦労しなくても、住む場所、ありますよね?
物価が高騰して、生活が苦しいですよ。と思いましたか?
発展途上国や後進国を見てきて事はありますか?
レベルが違いますよ。
今日一日、一杯の水が飲めるかどうかの、こども、だっている訳です。
それに比べれば、やはり、そんなに苦労しなくても、です。
自分本位、言い換えると、能動的じゃなくても、
ただ生きる、衣食住が最低限満たされていて、時間だけが過ぎていく
のが、今の日本の大半ではないでしょうか。
空港にある、真っすぐなエスカレーターありますよね?
あれに乗って、ただ年を取っていく、
そのエスカレーターからだけは降りないように、気を付けながら。
そうなると、そのレールから外れる事に恐れ、でも辛さや苦しみはあり、
その辛さや苦しみを超えるだけの”何か”がないから、余計に苦しみます。
僕は、その”何か”が”なんのために”だと思っています。
その葬儀の時に、オケの3つ上の先輩が来ていました。
岐阜県で小児科医として働いています。
大学病院か、公立病院か忘れましたが、兎に角、大きな病院で働いています。
僕は思わず、聞いてしまいました。
”先輩は、独立して開業はしないんですか?”
”うん、するつもりはないよ。まぁ、そっちの方が、お金にはなるかもね。”
”へ~、なんでですか?”
”だって、独立したらどうなるかって、ほぼ毎日同じ事の繰り返しになるよ。”
”風邪の子供が来て、診察して、薬を処方して・・・その繰り返し。”
”でも大きな病院なら、入院しないといけない重篤なケースから色々あって、
俺はそういう事がしたくて、こどもの命が救いたいから小児科医になったんだよ。”
”だから、独立する気は、今後もないよ。”
この先輩には、”なんのために”がありました。
話を聞いていて、ハッとしました。
幸運にも、今の僕には、”なんのために”があります。
きっかけは、同期や先輩、そこで見た、子に先立たれた親を見たくない。
そんな所から生まれてきていますが、
世の中の幸せ人口を増やす
僕は、ここにコミットし続ける為に生きています。
今のこの、便利過ぎる日本において、古臭いと思うかもしれません。
ですが、この便利過ぎる日本だからこそ、必要であると使命感すら感じています。
だから僕は、その技量を高め続けなくてはならないですし、
伝える場を増やさなければならないですし、仲間も増やしていかなければならないです。
今の僕には、休む?とかそういう感覚が全くないです。
だって休んでいたら、自分の望む状態になるのに時間が掛かってしまう、
それは、きっかけをくれた人達に申し訳ないですし、他にやりたい事なんて無いです。
あ、とか言いながら、趣味はめちゃくちゃ多いですが。。。(詳しくはプロフィールで)
休みが要らない程に、夢中になっている部分も大きいです。
それこそ、それに命を懸ける、そうやって生きています。
と言いつつ、今日はこれからゴルフです、あれ?(笑)
ちなみに、それも幸せ人口を増やす、一環です。
今日のゴルフは、僕以外の平均年齢は、70歳を超えています。
なんでもいいと思いますが、皆さんには、”なんのために”はありますか?
少しでも良いですから、自分の”なんのために”を見つめる時間を作ってみませんか?
出来れば、静かで、一人になれる場所に行くのをオススメしますよ、山奥の温泉とか。
今日はこの辺りで。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
合同会社sIn(シン) 長嶋泰人
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