おはようございます!合同会社sInの長嶋です。
今朝の寒さは昨日の比じゃないですね。
浜松でも朝は5℃予報なので、僕も羽毛布団+毛布(冬の完全装備)で臨み、
何とか凍える朝にはならずに済みました。
天気予報って外れる時もありますが、今日は本気で救われましたね、感謝です。
そういった技術が無い頃は、ただひたすらに耐えていたんですよねー。
人間以外の動物(ペットは除く)は、今もそうやって過ごしているんですよね。
技術の進歩によって、何だか本来持っていた力が弱くなっている部分は、
往々にしてありそうですね。
さてさて、思考の話が一段落した?ので、話題を変えようと思いましたが、
そうなると意外と書く事が見つからなかったりしますね。
なので、思考パートで出てきた、言語力の部分を深堀りしてみたいと思います。
言語力、これ、色んな言語が話せます、ではありません。
”言葉にする能力”と捉えて頂けたらと思います。
古今東西の自己啓発本やセミナーには、やっぱり共通点があるように思います。
でも、それを著者・話し手によって、違う表現を使っている事も多いので、
違う内容を指していると感じる事も多いのですが、この言語力(に似た内容)も
共通して登場する事が多い気がします。
例えばです。
道を歩いていて、💩を踏んだとしましょう。
あなたなら、どう思って、どんな反応をしますか?
”うわ!💩踏んじゃったよ。最悪~。”とか、”誰だよ、こんな所に💩放置したのは!!”とか、
”早く洗わなきゃ!!トイレトイレ!!”とか、まぁ、色んな反応があろうかと思います。
何回も出てきて申し訳ないですが、後は、踏んだ💩の状況にも因りそうですね。
ホカホカ💩なのか、カピカピ💩なのか・・・この辺りにしたいと思います。
ちなみに、仮にですよ、本人には申し訳ないですけど、
松岡修造さんが💩踏んだとしたら、どんな反応すると思います?
・・・ご想像にお任せします(笑)
分からないですけど、”最悪~!!”とか言わなさそうじゃないです?分からないですけど(笑)
僕も前に、夏の暑い日にロードバイクで山道を走っていた時に、
空からの飛来物(鳥の💩)が腕に付いた事がありました。
上からの飛来物なので、出て、直ぐの💩ですよ。(そこは重要ではないですね)
最初は、何だか分かりませんよね、何か樹液でも付いたのかと思いましたが、
数秒後に気が付く訳です、あ!これ鳥の💩だ!って。
幸いジャージの部分ではなく、肌の部分にしか付いてなかったので、
ボトルの水で洗い流し、事無きを得ました。
そして、帰宅後に何処に向かったか、分かりますか?
そうです、大正解です!宝くじ売り場です!
運が付いた~って事で、わざわざ当時住んでいた長久手市から名古屋駅にある
名駅チャンスセンター(よく出ると有名)まで足を運んで、30枚買いましたよ。
当選金額は、900円でした(笑)
さて、くだらない僕のエピソードはさておき、こういった事って世の中で多くないですか?
全く同じ内容を・全く同じ言葉で伝えた筈なのに、やる気になる社員・寧ろやる気をなくす社員。
全く同じと言っても多少の表情や言い方が異なるケースも多いですが。
つまり、言い換えると、同じ刺激が入っている筈なのにも関わらず、何故、結果が異なるのか。
受け取り方、とか、捉え方、とか色んな表現が出来ると思いますが、
その根幹をなすのが、言語だという事です。
あんまりリアルにイメージし過ぎないで欲しいですが、皆さん、何か悩みはありませんか?
その悩みを、言語化しないで悩む事って出来ますか?
難しくないですか?
つまり、何が言いたいのかと言うと、
入ってきた刺激そのものに悩む人は、多分いないという事です。
少し解説しますね。
■ 刺激 → 言語化 → 悩み
基本の順番はこの流れで進みます。
① 刺激(出来事・状況)
まず何かが起きます。
・上司の一言
・数字の未達
・お客様の反応
・部下の行動
・環境変化
これらが“刺激”です。ここでは、まだ心の中は整理されていません。
② 言語化(意味づけ)
次に、脳がその刺激に“言葉によるラベル”を貼ります。
・「自分が悪かったのかな」
・「なんであんな言い方されるんだ」
・「どうすれば改善できる?」
・「チャンスかもしれない」
ここで人は初めて“感情”を明確に持ちます。
言語化は、刺激そのものではなく『解釈』です。
③ 悩み(感情の固定・反芻)
言語化された意味づけが、心の中でぐるぐる回りはじめます。
・「失敗したらどうしよう」
・「また同じことになるかもしれない」
・「もっと良い方法はないかな」
・「どうやったら乗り越えられる?」
ここで“悩む人”と“前に進む人”が分かれます。
悩みは刺激ではなく、言語化した解釈の結果 と言う事です。
”言語化=言葉によるラベリング”
これはパワーワードですね。
つまり、刺激自体は、中立的である。
それを+に捉えるとポジティブ、ーに捉えるとネガティブって事です。
事象によって、ポジティブ・ネガティブってあるかと思いますが、
その傾向が強い人をポジティブな人、ネガティブな人って言うんでしょうね。
あ、僕・私はネガティブかもーって思いました?
安心してください、ネガティブな人って、いないんですよ。
あ、ポジティブな人もいないんですよ。
?????何言ってんの?って思いました?
もう少し正確表現しないといけないですね。
ポジティブな人=入ってきた刺激をポジティブに捉えてきた回数が多い人
ネガティブな人=入ってきた刺激をポジティブに捉えてきた回数が多い人
これが本来あるべき表現ではないでしょうか?
答え、見えてきました?
仮に、自分の事をネガティブだと思っている人がいたとして、
ポジティブになりたいって少しでも考えた時に、何をすれば良いか。
”言葉を変えるだけ”
って事ですよ。
ポジティブになりなさい!って言われても、え?どうやって?って思いませんか。
でも、入ってきた刺激に対して、ポジティブな言葉をイメージ、口から出す訓練をしなさい!
なら、具体的で、やれそうな気がしませんか?
最初は、無理にでもやる期間(強制期間)は必要でしょう。
でも、今の世の中、刺激だらけですから、その度に”ポジティブな言葉に”って、
意識して、行動していたら、たった1日でも何百回と成功体験を積み重ねる事になります。
止まっているモノを動かす時には、力が要ります。
ニュートンが見つけた慣性の法則ですね。
でも、動き出してしまえば、その動いているモノを止めるのに、今度は力が必要になります。
つまり、習慣化して当たり前にしてしまえば、それは意図的に止めない限り続く訳です。
後、これは僕はそうしています、という事です。
テレビやネットをあまり見ません。
何故なら、刺激自体がマイナスに脚色されているモノが多いからです。
例えば、何処かで、知らない人が亡くなったってニュース、あなたの人生に必要ですか?
あなたに関わりのある人なら別ですが。
ポジティブに解釈しにくい刺激を、わざわざ自分から迎えに行ってネガティブになる。
そんな必要性を感じないからです。
先日の世界陸上も、友人が現地に観戦行った話を聞いて、初めて知りました(笑)
世の中から取り残されない程度の情報は入れる必要はありそうですね。
今日はこの辺りで。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
合同会社sIn(シン) 長嶋泰人
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