おはようございます!合同会社sInの長嶋です。
年が明けて、演奏会の本番があり、親族の葬儀が関東であり、合宿がありと、
少々身体にガタが来ているのが否めない今日この頃です。
今週末にはバドミントンの試合もあるので、まだ倒れられません。
ですが、葬儀は別として、自分を必要としてくれる場所?居場所?があるのは、
本当に有難い事ですね!
さて、今日は、葬儀辺りに話をします。
1月15日に、従弟の葬式があるので、柏に行きました。
実は、年末から、施設に入っている父方の祖母が、インフルエンザを拗らせ、
肺炎が発症し、病院に入院するという事も起きていました。
92歳のおばあちゃんは、息子が産まれた後に会いに行った4年位前の時には、
既に認知症が進んでいて、僕の事は認識できない状態でした。
おばあちゃんは、つくばの病院に入院しているとの事でしたので、
葬儀の後につくばに移動し、面会にも行って来ました。
自分の親戚の事を、赤裸々に書くのは少々抵抗がありますが、隠さずに書く事で、
僕が発信したい事があるので、そのまま書きます。
僕には3歳年上の兄がいます。
従弟の葬儀には、出席していません。
従弟には、1つ年下の妹がいます。
こちらも葬儀には、出席していません。
ちなみに、従弟の妹は、僕の結婚式にも出席していません。(約7年前)
更に、僕の兄は、父方の祖父の葬式にも出席していません。(約16年前)
シンプルに、皆さんは、どう思います?
まぁ、人には人の事情がありますからね。
でも、流石に、何か、大きな違和感を覚えずにはいられません。
人の心を掴むのが上手かった、かつての総理大臣、田中角栄の言葉があります。
”祝い事には遅れてもいい。ただし葬式には、真っ先に駆け付けろ。
本当に人が悲しんでいるときに、寄り添ってやることが大事だ。”
ちなみに、我が兄は、今回の葬儀の連絡は、勿論、行っています。
ですが、兄の回答のニュアンスは、凄く端的に言うと、こうでした。
合わせる顔がないから、行けない。
おじいちゃんの葬儀の時は、憤りを覚えましたが、今回は、半ば、呆れに近い感情でした。
親族しか来ない、従弟の葬儀に、見せられない顔って何?
愛する親族、しかも歳も近い従弟の葬儀に合わせられない顔って何?
家族内において、世間体とか関係ないやんけ!
って思いましたね、正直。
でも、ひょっとしたら、従弟の妹も同じような状況なんでしょうか。
実の兄の葬儀に、出席していない訳ですから。
従弟の妹は、それこそ、父方の祖母の葬式の時、
僕が大学生で、彼女が高校生だった時から会えていません。
これも、見えない外力の原因でしょうか。
仕事をしていようがいまいが、結婚してようがいまいが、
昔、思い描いた今を生きられていようがいまいが、
それって、洋服の後に着るようなモノだと思うんですよ。
だって、外に出ないと、世間体は関係ありませんから。
家族や親族って、そういうのを着る・着ない、以前の人なんじゃないか?
と思うのは、僕だけでしょうか。
勿論、二人とも、前向きな気持ちで葬儀を欠席しているとは思いませんが、
最期の時に、出席できる筈なのに(身体的には)、欠席とは、何か悲しかったです。
心が、きっと葬儀の会場に辿り着ける状態では、なかったんでしょうね。
でも、正直に、書きますよ。
来て欲しかった。
従弟も、二人に見送って欲しかった、と思ってると思います。
余りにも、壮大過ぎるとは思いますが、
どんな状況であれ、親族の葬儀に出席できる世の中にしていかなくては、と強く思いました。
ちなみに、僕は、従弟とは、余り仲が良い方ではありませんでした。
妹の方とは、仲が良かったんですけどね。
小学生の頃まで、お盆に親父の実家(旧勝田市)に毎年集まっていました。
従弟は僕の1つ下です。
僕は意識していませんでしたが、従弟は、何から何まで、僕がやっている事に対抗してきます。
で、いつも僕の方が上手くやってしまうので、機嫌を損ねて、僕の事を噛んでくるんです。
なので、僕のイメージは、噛んでくるヤツって認識でした。
中学生以降は、部活動が忙しくて、帰省が出来なくなり、ずっと会っていませんでしたが、
何かの折に、彼のそういった行動は、脳に異常があったと判明したと聞かされた事があります。
で、次に会ったのが、おじいちゃんの葬式、その頃は治療もしていて、落ち着いていました。
そして、最後に会ったのが、僕の結婚式でした。
なので、正直、良いイメージは、あまり持っていない、という感じですよね。
でも、祭壇に置かれた遺影を見た時に足は止まり、涙が溢れて止まりませんでした。
彼を見て泣いて、彼の母親(叔母)を見て泣きました。
棺に献花しますよね。
もう、涙が溢れて、嗚咽が止まらない状況な訳ですが、
その時、自然と出てきた言葉、何とか絞り出せた言葉は、何故か、
今まで、ありがとう。
でした。
何に対するありがとうなのか、未だに分かりませんが、あの時は、何故か、その言葉でした。
従弟の葬儀が終わると、簡単な着替えをして(おばあちゃんに葬儀の事が知られない様に)
つくばの病院に移動します。
面会に行くと決めた時点で、勿論、分かっていますよ。
今回が、おばあちゃん会える最期なんだなって。
さて、電車とタクシーを乗り継いで、病院に着きます。
もう、その辺りから僕は薄っすら涙が出ています。
そして、その一つ一つの景色を脳裏に焼き付けながら、病室に向かいます。
おばあちゃんがいます。
自分では、もうご飯が食べられないから、点滴が繋がれていて、口には酸素吸引が付き、
ガリガリにやつれた、でも、ちゃんと面影が残っている、僕のおばあちゃんが寝ていました。
心拍や呼吸を図るオシロスコープがあり、一定ではないリズムを刻んでいます。
寝ている事が多いそうですが、その日は、目を開けて、少し言葉を発してくれました。
でも、もう、おばあちゃんが話せる言葉は、多くはありません。
”ありがとう。”
”何にも分からない。”
”ヘルパーさんの言う通りにするね。”
特に、”ありがとう、ありがとう。”の連呼でした。
言葉を話すだけで、心拍や呼吸が乱れるのですが、それでも、最期が近いのに、力を振り絞って、
家族にありがとうを伝えるおばあちゃんの姿には、心を打たれ、涙が止まりませんでした。
おばあちゃんには、孫が4人います。
でも、一人は亡くなって、二人は会いに来れません。
僕が、孫を代表して、手を握って、4人分のありがとうを伝えてきました。
その時、強く感じましたね。
自分の最期が近いのに、人にありがとうって言えるおばあちゃんの孫で、本当に良かったって。
他の二人が、そのエッセンスを人に伝えられない状態なら、やっぱり自分がやるしかない!って。
まだまだ、そう簡単には、死ねないな!って思いました。
従弟の葬儀に出て、おばあちゃんへの最期の面会もして、正直、心も身体もヘトヘトです。
でも、従弟を送れて、おばあちゃんに精一杯のありがとうを伝える事が出来て、
良かったな、とも思いました。
今一度、考えさせられました。
皆さん、何が大事ですか?
沢山、あるかもしれません。
お金、時間、趣味の時間、趣味のモノ、家族の時間・・・
でも、生きとし生けるモノ、これは人類だけじゃなくて、植物だって、動物だって、
やっぱり一番大事なモノは、命だと思います。
僕が存在出来るのは、僕に父親と母親がいるから。
父と母が存在出来るのは、それぞれに、父親と母親がいるから。
その上も同じで、何回も何回も繰り返されてきた今が、我々です。
そんな大事な事、当たり前な事を、忘れてはいけないですね。
ニュアンスが違いますが、星の王子さまの中で、出てくる有名なフレーズがありますね。
「本当に大切なものは、目に見えない」
現代だからこそ、僕は、これを大事にします。
結果とか、目に見えるモノだけ追っていると、親族の葬儀に出られない人を生む気がします。
少し感傷的な内容になってしまいました。
今日はこの辺りで。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
合同会社sIn(シン) 長嶋泰人
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