おはようございます!合同会社sInの長嶋です。
いやー、昨日は一日みっちり、バドミントン漬けでございました。
宴会も大いに盛り上がり(そっちがメイン?)、少々飲み過ぎました。
今日は、観光をしがてら、浜松に帰りますよ~。
宗教と依存に関して、書いてみました。
で、書きながら、思い浮かんだ事があるんです。
宗教は、人々の為に生まれたモノである、と。
人の生きている世の中って、上流に遡って、水が湧き出ている部分を見ると、
殆どが、人々の為に生まれたモノである、と思います。
例えば、医学。
① 最初期の医学(紀元前3000年頃〜)
📍メソポタミア文明(現在のイラク周辺)
- 世界最古級の医学記録が残る
- 病気の原因は
👉 神や悪霊の仕業 - 治療法
- 呪文
- 薬草
- 祈祷
- 医師と神官がほぼ同一の役割
👉 医学=宗教+経験知 という形
📍古代エジプト
- 医学がかなり実用的に進化
- ミイラ作りを通して
- 臓器の位置
- 解剖知識
が蓄積
有名な文書:
- エーベルス・パピルス
→ 内科・外科・薬学の記述
特徴:
- 病気を「自然現象」としても捉え始めた
- すでに専門医(眼科・歯科など)が存在
👉 経験に基づく医学が明確に発展
② 医学の思想的転換点(紀元前5世紀)
📍古代ギリシャ
ここが、現代医学の“思想的な出発点”です。
ヒポクラテス(医学の父)
- 病気は
❌ 神罰ではない
⭕ 自然の法則によるもの - 観察・記録・再現性を重視
- 医師の倫理
👉 ヒポクラテスの誓い
ここで初めて、
「医学=科学としての学問」
という土台が生まれました。
③ 東洋医学の独立した発展
📍中国(紀元前2000年頃〜)
- 陰陽五行説
- 『黄帝内経』
- 病気=身体全体のバランス崩壊
👉 予防・体質重視という思想
(これは現代の予防医療・ウェルビーイングにも直結)
📍インド(アーユルヴェーダ)
- 心・体・環境を一体として捉える
- 現在も世界的に再評価
④ まとめ(進化の流れ)
| 時代 | 医学の姿 |
|---|---|
| 原始 | 経験・呪術 |
| 古代文明 | 宗教+薬草 |
| 古代ギリシャ | 観察と理論 |
| 東洋医学 | 全体最適・予防 |
| 近代以降 | 科学・エビデンス |
医学よりも、宗教の方が、昔からあったようですね。
まぁ、その時系列的なモノは、今はどうでも良いんですが、いつ生まれたか、ではなく、
何故、どのように生まれたか、の想像をしてみませんか?
多分、こんな感じではないでしょうか?
文明が発達する前から、人類の人口は増えてきていますから、最低限の家族(ユニット)は
存在した筈です。
原因が、植物なのか、動物なのか、細菌感染なのかは置いておいて、
何かしらの異常を来す人が、そのユニット内で生じた時に、
きっと、ユニット内の仕切り役の人に、助けを求めるんだと思います。
例えば、発熱し、目を覚まさずに、呼吸が浅くなっている我が子を抱きかかえ、
仕切り役の人に助けを乞いに行く、そういうイメージです。
人間は、根本的には、共生が出来る生き物で、哺乳類の段階で感情はありますから、
何とかして助けてあげたい気持ちが湧いてくる筈です。
そんな時に、医学が無かった時の拠り所は宗教や神の存在だったかもしれません。
そして、医学が上述の歴史で確立してきてからは、医学が救いの手段となる訳です。
例えば、法。
これも人々が共存する為に生まれた、手段の1つでしょう。
思想が違う人々を、一定の範囲で拘束し、共存を可能にするもの、それが法だと思います。
法の起源と進化は、人類が「力」ではなく「ルール」で共存しようとした試行錯誤の歴史です。
法は、争いを最小化し、集団を持続させるために生まれ、
「神の掟 → 慣習 → 成文法 → 権利と契約 → 憲法と人権」へ進化してきました。
① 法の原点|掟・タブーの時代(文字以前)
🔹 原始社会
- 明文化された「法律」は存在しない
- 代わりに:
- タブー(やってはいけないこと)
- 慣習
- 長老や族長の判断
特徴:
- 善悪の基準=共同体の存続
- 違反=追放・制裁
👉 法の本質は「正しさ」より「集団が壊れないこと」
② 法が“神”と結びつく(紀元前3000年頃)
📍メソポタミア文明
ハンムラビ法典(紀元前18世紀)
- 世界最古級の成文法
- 「目には目を」
重要ポイント:
- 法は神から授かったもの
- 王は法の執行者
👉法=絶対的で逆らえない秩序
これは「支配を正当化する装置」でもありました。
③ 慣習から理性へ|古代ギリシャ・ローマ
📍古代ギリシャ
- 法を「人が考えるもの」と捉え始める
- ポリスごとに法律を議論
👉法=話し合いで決めるルール
📍古代ローマ(超重要)
ローマ法
- 契約
- 所有権
- 責任
- 手続き
を徹底的に体系化。
ここで初めて:
- 「誰にでも適用される法」
- 「感情よりルール」
が確立。
👉現代の民法・商法・会社法の祖先
④ 中世|神の法 vs 王の法
📍ヨーロッパ中世
- 教会法(神の法)
- 国王の法(世俗法)
が並立。
法の役割:
- 身分秩序の固定
- 支配の正当化
👉法は平等ではなかった
⑤ 近代革命|法の大転換(17〜18世紀)
ここが最大の進化点です。
🔹 啓蒙思想
- 人は生まれながらに権利を持つ
- 権力は制限されるべき
🔹 三大革命
- イギリス名誉革命
- アメリカ独立
- フランス革命
結果:
- 憲法の誕生
- 法の下の平等
- 権力分立
👉法は「支配の道具」から「権利を守る盾」へ
⑥ 現代|ルールから原理へ
現代法の特徴
- 人権
- 国際法
- 環境法
- AI・データ・倫理
ポイント:
- すべてを法律で縛れない
- 原理・価値観が問われる
👉「守るべきか」より「何のためのルールか」
⑦ 進化を一枚で
| 時代 | 法の正体 |
|---|---|
| 原始 | 慣習・掟 |
| 古代 | 神の命令 |
| ローマ | 論理体系 |
| 中世 | 身分秩序 |
| 近代 | 権利保障 |
| 現代 | 価値と合意 |
本質的なまとめ
法とは、
「人間の弱さを前提にした、
最も現実的な理想主義」
完璧な人間を想定しないからこそ、
ルールが必要になり、時代が変わるたびに書き換えられてきました。
そうですね、もう、何か、答えが出ちゃった気がしますね。
そう、人間って、本来、地球上においては、弱い生き物ですよ。
これは前にも書きましたが、じゃなければ、現代において、熊で、日本が、ざわつかないですよ。
創造力を使って、知識や道具を生み出したから、
弱肉強食のピラミッド外にいる、唯一無二の生き物になれた訳です。
なので、やはり、根本は、弱い訳です。
言い換えると、宗教も医学も法も、世の中に存在する規律や考え方は、
弱い人間を、補填する為?、言い方をキツくすると、弱さを隠す為?、
人間が持っている消せない弱さを打ち消す為?に存在しているのではないでしょうか。
例えば、人のモノを盗ってはいけない。それは泥棒だ。
と、人間の世界では言われます。
でも、それがワニの様な、爬虫類の世界で言ったら、食うか食われるか、
もっと言うと、生きるか死ぬかなので、自分のモノでないとか、そんな悠長な事言ってられません。
食べられなかったら死ぬ、のであれば、奪ってでも食べる、そんな世界です。
なので、人のモノを盗ってはいけない、は、地球上で、人間だけのルールではないでしょうか。
言い換えると、絶対的なモノ、ではない筈です。
例えば、です。
歩行者だとしましょう。
行きたい場所が、車道の向こう側にあります。
横断歩道までは、どちらを見ても、100m以上離れています。
時期は、真冬、時間帯は、深夜で、車は全くと言って良いほど、走っていません。
横断歩道まで行って、押しボタンを押して、待ってから渡りますか?
渡りますって人もいるでしょうし、そうじゃない人もいると思います。
では、もう少し、条件を追加しましょう。
家で、発作が出ている子供がいて、その発作を抑える薬を持っているとして、
いち早く家に帰らなければならない時も、遠回りして、信号まで歩きますか?そして、待ちますか?
待たないんじゃないですか?
いえ、待てないんじゃないですか?
では、その人を罰しますか?
僕がその状況なら、喜んで罰されます、勿論、薬を届けた後で、ですが。
それを止める人がいるなら、振り払ってでも、実行に移すでしょう。
親なら、きっと、そうします。
例えば、今度は、車を運転している側だとしましょう。
横断歩道では無い所を横断している歩行者がいます。
こちらは、十分に止まれる速度で走っているとします。
分かり易く、道路交通法を破っているのは、歩行者でしょう。
では、あなたは、道路交通法上の正しさをもって、その歩行者を轢きますか?
轢かないですよね?(仮に、法律で罰則を受けないとしても)
つまり、絶対的なモノではないんですよ。
そりゃ絶対的なモノがあれば、どんなに楽な事でしょう。
迷ったら、尋ねれば良いんですもん。
どうしたら良いですか?って。
そんなモノ、無くないですか?
宗教が絶対だって言うなら、僕の従弟は、なんで36歳で急死するんですか?
医学が絶対だって言うなら、高血圧の薬が原因でふらついて、後頭部を打って亡くなったりしますか?
もし、絶対だ、と主張する人がいたとするならば、僕は今回、宗教と医学に裏切られています。
でも、絶対的なモノではない、不完全なモノであるから、
救われる人もいれば、救えない人もいる訳です。
絶対的なモノを、認める方が、気持ちが楽になる気はします。
気が紛れるような、気になります。
でも、それは、まやかしであり、幻想です。
人は創造力があるから、今の状態にあります。
ですが、創造力があるから、悩み、苦しみます。
それを救ってくれる、都合の良い、絶対物など、存在しません。
これが真理だと思います。
宗教、それ自体が悪い訳ではないです、医学や法だって同じです。
それが、あくまでも、一つの手段である事。
人が幸せに生きる為の、一つの手段である事を忘れない。
これが重要なのではないでしょうか。
今日はこの辺りで。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
合同会社sIn(シン) 長嶋泰人
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