おはようございます!合同会社sInの長嶋です。
昨日は、創価学会式の葬儀に関して、現場からお伝えする内容でした。
で、今まで、そういう、日本の一部?で信仰がある?宗教に触れた事はありませんでした。
まぁ、でも、日本にいると中々感じにくいですが、宗教は間違いなく存在しますよね。
仏教、キリスト教、イスラム教、辺りがメジャー処でしょうか。
※順番に意味はありません、思い付いた順です。
世界の主な宗教(大枠)
① 一神教(神は1人)
「唯一の神」を信じる宗教
- キリスト教
世界最大。
愛・赦し・隣人愛が中心。
ヨーロッパ、アメリカ、南米など。 - イスラム教
神(アッラー)への絶対的服従。
生活規範が非常に明確。
中東、北アフリカ、東南アジア。 - ユダヤ教
選民思想と律法重視。
キリスト教・イスラム教の源流。
② 多神教(神が多数)
自然・現象・祖先などに神が宿る
- ヒンドゥー教
インド発祥。
輪廻転生・カースト思想。 - 神道
日本固有。
山・海・祖先・八百万の神。
「信じる」というより「共に在る」。
③ 無神論的・哲学的宗教
人格神を前提としない
- 仏教
苦しみの原因と解放の道を探る。
「悟り」「中道」「縁起」。
日本・中国・東南アジア。 - 儒教
厳密には宗教というより倫理思想。
家族・秩序・道徳を重視。
日本でよく見られる宗教の特徴
日本人は実はかなり特殊で、
- 正月:神道
- 葬式:仏教
- 結婚式:キリスト教風
という”ハイブリッド型”が普通です。
信仰というより「文化・慣習」として宗教が根付いています。
新宗教・新興宗教
近代以降に生まれた宗教も多数あります。
- 天理教
- 創価学会
- 立正佼成会
- 世界救世教 など
多くは
「既存宗教 × 現代人の悩み」
を背景に誕生しています。
一つの見方(整理軸)
宗教は大きく分けると、
- 救いを外に求める(神・絶対者)
- 答えを内に求める(悟り・自己理解)
この違いが、思想・行動・組織の作り方に直結します。
そうでしたね、一神教か多神教の違いは、宗教を論じる上では、絶対的な考え方の違いでした。
どの宗教を信じる、となったとしても、宗教自体の存在意義は、共通なのではないかと思う訳です。
人間の為にある、考え方・信じる先、の拠り所?みたいな印象があります。
宗教は「人間が生き延び、社会を維持するための装置」として生まれた
──これが一番シンプルで実用的な答えです。
① 人は「意味がない苦しみ」に耐えられない
人間は
- 死ぬ
- 病む
- 失う
- 裏切られる
これを偶然や不条理のまま放置すると、心が壊れる。
そこで宗教はこう言います。
- 「意味がある」
- 「試練である」
- 「次がある」
- 「救われる」
👉 苦しみに意味づけを与える仕組み
これが宗教の最初の役割です。
② 「死の恐怖」を処理する唯一の発明
人間だけが
自分が必ず死ぬと知っている生物です。
- 天国
- 極楽
- 輪廻転生
- 来世
- 成仏
これはすべて
👉 死の恐怖を抽象化・緩和する技術
宗教がなければ、
人は理性がある分、絶望も深くなります。
③ 社会を壊さないための「共通ルール」
国家も警察もなかった時代、
- 殺すな
- 奪うな
- 嘘をつくな
これを強制力付きで守らせる仕組みが必要でした。
そこで登場するのが、
- 「神が見ている」
- 「罰が当たる」
- 「来世で裁かれる」
👉 宗教は最古のガバナンスシステムです。
④ 集団をまとめ、戦わせ、生き残らせる
宗教は
- 共通の物語
- 共通の敵
- 共通の正義
を与えます。
これは
集団の結束力を爆発的に高める。
だから歴史的に見ると、
- 宗教を持つ集団は強い
- 宗教を失った社会は分裂しやすい
という傾向が繰り返されています。
⑤ 「説明できないもの」を処理する仮説装置
雷、疫病、飢饉、事故。
理由がわからないと、人は不安になる。
宗教は、
- 神の意思
- 因果応報
- 業(カルマ)
という仮説を置くことで
世界を理解可能にしました。
👉 科学が生まれる前の「OS」
それが宗教です。
⑥ それでも、なぜ今も残っているのか?
科学・法律・福祉が発達しても、
- 孤独
- 不安
- 無意味感
- 喪失体験
は消えない。
つまり
宗教が担っていた“感情領域”は、代替できていない。
だから形を変えて、
- スピリチュアル
- 自己啓発
- 推し活
- イデオロギー
として、今も機能し続けています。
まとめ(構造的に)
宗教は
- 苦しみに意味を与える
- 死の恐怖を処理する
- 社会秩序を保つ
- 集団をまとめる
- 世界を説明する
この5つの役割を同時に果たす、人類最大級の発明です。
うん、やっぱり、そうですよね。
人間って、地球上で唯一、創造する力を持っている生き物なので、
そこには、+の創造もあれば、-の創造もある訳です。
その、特に、-の創造を、一定範囲にカテゴライズして、共有する事によって、所属意識を安定させ、
自分の心の拠り所となる、みたいな、そんな感じですよね。
あ、特定の宗教を信仰していないので、表現が軽くてすみません。
で、なんの宗教でも良いんですけど、結論を言うと、宗教って、
”人が人を救う為に考えられたモノ”
だと思うんですよ。
なので、本来であれば、純粋で、尊いモノ、だと思います。
でも、例えば、日本って、宗教って言葉自体を、結構、避けようとする部分がある気がします。
最近は、あんまり見かけないかもしれませんが、玄関先に、
”宗教勧誘お断り!”
みたいな標識?掲げてるお家ってありません?
ありますよね。
なんで、宗教って煙たがられてしまうんですかね。
思うんですけど、宗教自体に、何か問題があるとは、全く思いません。
共通の思想を持って、それがお互いの拠り所になって、不安が減る、なら良い事じゃないですか。
で、多分、問題は、”宗教”ではなくて、”勧誘”の部分ではないかと思うんです。
例えば、自分が物凄く落ち込んでいる時に、何かしらの宗教に救われた事から信じるようになって、
たまたま仲の良い友達が物凄く落ち込んでいた。
で、その様子を見て、自分を救ってくれた、こんな考え方があるんだよ、
なら、問題無いと思うんですよ。
”最近、ダイエット成功したんだ~!ある薬を飲んで!”
”え~、ホント~?教えて教えて??”
みたいなノリだと思います。
自分が使ってみて、良かったモノって、同じ状況っぽい人がいたら薦めたくなりません?
それが、薬だろうが、本だろうが、宗教だろうが、別に同じだと思うんです。
しかしですよ、見ず知らずの人の、ピンポン勧誘は完全に違和感ですね。
これが、ビジネスとかなら分かるんですよ。
だって、販売する側は、商品を売る事によって、世の中の為になると考えていて、
売上を上げて、利益を出さないと、会社は潰れてしまいますからね。
でも、宗教って、元々は、人を救うための1つの手段としての、考え方、じゃないですか。
まさか、ブッダとかイエスとかが、会員数を増やして、お布施を回収して、政治団体作れ!
なんて、絶対に言ってないと思うんですよ。(言ってたら、すみません。)
親が○○教なら、子も○○教になるべきだって、言ってないと思うんですよ。(言ってたら、すみません。)
それって、本来、意図している部分から、逸脱していませんか?
仏教徒の親を持つ子が、一神教信じたって、良いじゃないですか。
キリスト教徒の子が、多神教信じたって、良いじゃないですか。
宗教を信じる人がいても良いし、信じない人がいても良い。
本来であれば、そういう方向性だったんじゃないかと思います。
ブッダとか、イエスが生きていて、宗教として、体系化される初期の段階では。
なんか、その後、引き継いだ人?受け継いだ人?達が、難しくしたり、規模拡大で争ってみたり、
それって、創始者の方々は、全く望んでいない事ですよね?
そういう事が無くなるようにって、きっと、そういう想いで創られたのに、
それが原因で争うって、もうね、なんか、本末転倒ですよ、ホント。
やはり語り切れませんね。
今日はこの辺りで。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
合同会社sIn(シン) 長嶋泰人
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