おはようございます!合同会社sInの長嶋です。

新年早々、我が家では、4歳の息子が大晦日から少し痒がっていたようですが、

蕁麻疹の様なモノが背中や首に出て、元日から病院に行くスタートとなりました。

親父も僕も、と言うか、親父の遺伝で、アレルギーがある食べ物があるので、

多少、その部分が心配でしたが、小さい子によくある症状との事で、

一先ず、大事には至らずに済みました。

にしても、元日から空いている小児科さんには、感謝しかないですね。

さて、その後、実家近くの神社に初詣に行く訳ですが、

ある事に、気が付きました。

ここ最近?、おみくじで、大吉を引かなくなりました。

多分、高校生ぐらいから、何年も連続で大吉を引いていた記憶があります。

でも、ここ2、3年で、あまり大吉を引かなくなった気がします。

かと言って、運気が物凄く悪くなったかと言うと、全くそんな事はありません。

寧ろ、今年1年を振り返ってみても、とっても運が良かったと思います。

一方で、大吉を引き続けている人がいます。

父です。

今年も大吉を引いて、大喜びして、”これは結ばずに、持って帰るぜ!”と豪語していました。

多分、割と、大吉を引き続けています。

でも、昨年は、仕事を一旦引退する事になり、車も擦るし(お陰で色々大変でした)、

まぁ、そういう事が起きている訳です。

で、そんな大吉を喜ぶ親父を見ながら、少し、考察してみました。

親父は、好きな事をやって生きてきた人間で、僕にも多分にその血は流れていますが、

我が道を行くタイプです。

まぁ、分かり易く言うと、めっちゃ自己中です。

でも、これをやる!と決めた時の集中力は凄まじく、茨城県のトップ高校に2番目で入学し、

京都大学を卒業し、技術士の資格を2つ保有し、最終キャリアは大学教授です。

こうやって書くと、凄い人、まぁ、経歴的な事実を並べあげると、自分の父ながら凄いなぁ、

とは思いますが、人間力?と言う点においては、大分、疑問がある人です。

孫を連れて行った鉄道博物館で、孫を置いて、我先にとカメラ片手に突き進む。

自分が擦った車のせいで、こちらが動いているのに、”金曜日には必要なんだよ!”と、

自分の都合しか考えずに言ってくる。

・・・まぁ、挙げ出したらキリがないくらいの???をやってきている父です。

学ぶべきところも多いですが、反面教師の部分も多いです。

ただ、自分自身にコミットし続けている事は、間違いないと思います。

去年も、大阪万博で、よく知りませんが、何か、出し物?をやってきたようです。

根は優しい部分があるのは、何となく知っていますが、

どちらかと言うと、いえ、圧倒的に、利己的人間です。

でも、一つの分野で尖って、大学教授にまでなるとするならば、自分のパフォーマンスに、

徹底して集中するのは、あるべき姿ですし、中途半端な事を言っていたり、やっていたら、

きっと、そのポストに就く事は出来なかったでしょう。

なので、その部分を、とやかく言うつもりはありません。

僕が、今まで、こうやって生きてこられたのは、親父が大学教授にまでなるキャリアを築き、

お金を稼いできてくれたから、なので、勿論、その部分には感謝しかありません。

ただ、そうやって生きてきた部分は、祖父としては、かなりのポンコツなんです。

自分優先の人間が、当たり前ですが、孫優先にしないといけませんからね。

まだまだ、その部分においては、勉強?修行?が足らず、母からチクチク言われています。

で、この父は、未だに、大吉を引き続け、よっしゃー!と喜んでいる訳です。

かく言う僕もですね、その親父の血が流れていますから、大吉よっしゃー!をやってました。

ホント、ここ数年前までのイメージですね。

なんなら、おみくじを引く時に、”まぁ、どうせ今年も大吉だよな?あ、やっぱり。”くらいの感じです。

おみくじを引くのに、自信があると言うか、

普段の生活で、頑張っている?努力している?自負があり、そりゃ、おみくじも良いでしょ、

的な考え方だったと思います。

なにをしても、ある程度は出来ると思っていますし、その領域に達するだけの努力は、

仕事でも、趣味でも、何でもやってきた自負はあるので、そこは悪いとは思いません。

でも、ここ数年、特に、この1年で考え方は大きく変わりました。

確かに、自分のキャリアの中で、塾講師として働いていた時、

特に2年目以降、教室長を任されていた時は、生徒の事を、生徒よりも真剣になっていました。

つまり、利他的な思考が働いていた側面はあります。

一方で、100名を超える同期の中で、圧倒的に数字を残していたので、もっと成りあがってやる!

的なギラギラした利己的な面も多分にあったと思います。

でも、ここ最近は、本気で、利他を考えるようになった、と自分では思っています。

勿論、自分の幸福を求めていないか、と言うと、そうではありません。

自分が幸福でない人が、他人を幸福になど、できる筈がありませんからね。

でも、自分だけが幸福になる、みたいな考え方は、ほぼ完全に消えました。

少なくとも、成りあがってやる!と思っていた時は、自分が!自分が!の考えが多かった筈です。

だから、今年の1発目のおみくじが”吉”だった時に、

あ、自分の代わりに、周りの人が大吉引いてくれたなら、それでイイや!って思えたんです。

まぁ、分かり易く、大吉を引いた父は喜んでましたしね(笑)

ちょっと気持ちが落ち込んでる人が、おみくじで大吉引いて、頑張るって気持ちになれるとか、

そういう事が起きてくれたら良いなって、今は、本気で想っています。

今、ブログを書きながら、変換で、”吉”って打とうと思ったら、”既知”が先に出てきました。

そうです。

僕が伝えている事は、未知のように難しい事ではなく、既知、つまり誰もが知っている事です。

そういう意味においても、”吉”は良い結果?良い暗示?なのかもしれません。

おみくじの”吉”が出ただけで、そんなにポジティブに変換できるのか!と思ったかもしれませんが、

脳科学的には、別に、何が出たって良いんですよね。

だって、どんな結果が出たとしても、”良い事が書いてある部分だけ信じれば良い”ので。

仮に、”なにやってんだよ!”って言われても、

”ご指導ありがとうございます。”と思える人もいれば、

”なんで自分が言われなきゃいけないんだ。あの言い方はハラスメントだ!”と思う人もいます。

結局は、捉え方次第ですよ。

以下、AIに書かせてみたブログを載せます。結構、いや、相当良い事書いてます。

新年とは、 何かが新しくなることではない。

何かを新しく見ることだと思う。

誰かが決意を口にする。
誰かは黙って何かを捨てる。
どちらも、同じ日を迎えている。
変わるのは、いつも見方だけだ。

朝は毎日来る。
でも、同じ朝なんてない。
そう感じる日もあれば、 まったく同じに見える日もある。
違うのは朝じゃなくて、 たぶん、こちら側。

人は節目を欲しがる。
ここまで、と線を引きたがる。
そうしないと区切れない気がする。
でも本当は、 いつだって区切れる。
いつだって続けられる。
ただ、そう思えないだけ。

新しさって、 外から来るものじゃない。
誰かがくれるものでもない。
自分の中で、 何かがずれた瞬間に生まれる。
ほんの少し、角度が変わる。 それだけで景色は変わる。

同じ部屋なのに、 違う場所に見える。
同じ顔なのに、 違う人に見える。
変わったのは、 光の当たり方だけかもしれない。
それとも、 こちらの立ち位置か。

人は同じ場所にいても、 違うものを見ている。
同じ言葉を聞いても、 違う意味を受け取っている。
それは耳の問題じゃなくて、 姿勢の問題。

新年を特別だと思う人がいる。
ただの一日だと思う人もいる。
どちらも正しい。
どちらも間違ってない。
大事なのは、 どちらを選んだかじゃなくて、 選んだ後に何を見るか。
区切りは、あってもいい。 なくてもいい。
それ自体に力はない。
力があるのは、 その日をどう扱うか。

特別にするのも、 普通にするのも、 全部こちら次第。
誰も指示してくれない。
誰も決めてくれない。
それが自由なのか、 重いのかは、 人によって違う。

新しく始める人がいる。 何も変えない人もいる。
動く人がいて、 立ち止まる人がいる。
どれが良いとか、 悪いとか、 そういう話じゃない。
ただ、それぞれに理由がある。
見えない理由が、 必ずある。

新年って、 何かのスタートラインじゃなくて、
もう走ってることに気づく日なのかもしれない。
あるいは、 走らなくていいと気づく日か。

人は待つ。
準備ができるまで、 タイミングが来るまで。
でも準備なんて、 たぶん終わらない。
タイミングなんて、 たぶん来ない。
待ってるうちに、 日だけが過ぎていく。
それでもいい。 それも選択だから。
動かないことにも、 意味はある。
ただ、 それを選んだ自覚があるかどうか。

新しさは、 カレンダーの中にはない。
暦が教えてくれるわけじゃない。
それは、 今日をどんな目で見るかという、 ただそれだけのこと。
昨日と同じ目で見れば、 今日も昨日と同じに見える。
少しだけ角度を変えれば、 まったく違うものが見えてくる。
変えるのは簡単じゃない。 でも、難しくもない。
ただ、 やるかやらないか。

人は変化を求める。
同時に、変化を恐れる。
矛盾してるけど、 矛盾してない。
どちらも本当の気持ちだから。

新年が来ても、 何も変わらないかもしれない。
それは悪いことじゃない。
変わらないことにも、 強さがある。
でも、 変わらないと決めたのか、 変われないと思い込んでるのか。
そこは、 自分にしか分からない。

今日という日は、 誰にとっても同じ一日。
でも、 誰ひとり同じ一日を生きてない。
それは不思議なことでもなんでもなくて、 当たり前のこと。

新年は、 始まりの日じゃない。
ただ、 始まりだと思えば始まりになる。
そういう日。

では、 あなたにとって今日は、 どんな日だろう。
そしてその答えは、 昨日と同じだろうか。

ちょっと僕っぽい!(笑)

年末年始、ちょっとAIで遊んでます(笑)

今日はこの辺りで。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

合同会社sIn(シン) 長嶋泰人

カテゴリー: 人財教育ブログ

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